Netflixで視聴したアルフォンソ・キュアロン監督の映画『ROMA』は、1970年代初頭のメキシコシティを舞台に、ある中産階級の家庭で働く家政婦クレオの日常を静謐に描いた作品です。
政治的混乱や社会階級の問題、個人の喜びや悲しみが映像美とともに丁寧に綴られています。ストーリーの大きな波は少なくとも、日常の細部を通して時代の空気感や人間ドラマを繊細に体験できる貴重な映画です。
私の感想:静かな映像詩が伝える普遍のリアリティ
この映画は、従来のドラマ映画とは異なる独特の映像体験をもたらしました。
登場人物の内面を直接語るのではなく、静かな視線や音響を通じて「声なき声」を感じ取るような作品であり、観る者をその世界に引き込む力があります。
クレオの存在が伝えるもの
『ROMA』の主人公クレオは、口数が少なく表情を変えず、肉体労働を黙々とこなす家政婦です。
彼女の視線の先に映る世界は、物語の主軸ではなく、動く背景であるかのように描かれています。
これは、彼女が社会の中の一要素でありながら、静かに世界を支えている存在であることを示唆しています。
クレオの生活は過酷で、妊娠しても変わらず労働を求められます。
彼女と下層階級の人々の間に生じる複雑な身分差、そして家族や恋人との関係に見られる社会的な壁が丁寧に表現されていました。
映画の音響と映像がつくる時間と空間
映画全編にわたり、騒音や人の声、街の音が常に流れており、生活のリアリティを強調しています。
例えば、鼓笛隊の演奏や暴動のシーン、犬のフンといったディテールが時代の社会背景や人々の生活感を象徴的に表現しています。
この音響と映像の使い方は、従来の映画のようなドラマティックな盛り上がりではなく、静かなリアリティを観客に伝えることに成功しています。
観る者は、時代の空気を「体験」することができるのです。
歴史的背景と社会構造の反映
1971年の学生運動の弾圧、メキシコの社会階級構造、先住民と白人の関係など、作品は時代の重要な社会問題も映し出しています。
フェルミンや友人たちの言動には、身分差や差別の根深さが垣間見え、下層階級の中でもさらに細かなヒエラルキーが存在することがわかります。
また、クレオが巻き込まれる暴動の場面では、当時の政治的緊張と暴力がリアルに描かれており、観る者に深い印象を残します。
まとめ
『ROMA』はストーリーが目立つ映画ではありませんが、その映像美と音響、そして登場人物の静かな存在感を通じて、1970年代メキシコの社会と日常を生々しく伝えています。
感情を露わにせずとも、画面の細部や音が語る物語は強烈で、見る者を映画の世界に引き込みます。
私にとってこの作品は、映像と音で時代の空気感を体験できる極めて貴重な映画体験でした。
従来の物語中心の映画とは異なり、映像詩のような世界を味わいたい方にぜひおすすめしたい作品です。
参考
Alfonso Cuarón (監督)『ROMA』Netflix 2018年
映画評論サイト「Film Comment」2020年記事