――ホワイト化を溶かす「大分OS」の源泉
別府の夜、スナックで浴びた「情報の噴出」。トキハの地下で目撃した、圧倒的な「信用の要塞」。この二つの強烈な体験を抱えて、改めて大分駅前に立つ。そこには、徹底的に管理され、予測可能性を高めた「ホワイト化」された都市景観が広がっている。 機能的なロータリー、パズルのように整理された街区。一見すると、どこにでもある「正解」を並べただけの効率的な地方都市だ。

だが、私の肌に触れる空気は、それとは決定的に違う。この街の「強度」は、表面のコンクリートではなく、その下を流れる「地熱」に宿っているからだ。
それは、街全体が巨大な「共同浴場」として機能しているような感覚に近い。
町ごとに当たり前のように湯屋があり、会員は無料、余所者でも150円や250円の小銭を払えば、その熱を分け合える。そこにあるのは「施し」ではなく、地熱という自然の恵みを等しく享受するという、この土地の古い掟だ。

別府の駅高架下で、昼には売り切れてしまう「野田の巻き寿司」を求めて並ぶ列。あるいはトキハの地下で、香ばしい匂いを放つ竹田丸福大分からあげの「ハネ」。顔なじみになれば、頼まずとも「揚げたて」を差し出してくれる。そんな、マニュアルにはない、けれどこの街では当たり前のやり取り。

暖簾をくぐれば、肩書きも「ホワイト化」された記号も剥ぎ取られ、ただの「個」として同じ湯を分け合う。アルゴリズムが弾き出す、冷たく乾いた「正解」ばかりが並ぶ現代において、この街が残している「湿り気のある熱」こそが、私たちが忘れてしまった「情報の適温」を思い出させてくれる。
「洗練」という冷ややかな外装を、地面の下を流れる熱い源泉が、内側から溶かしていく。この矛盾しない共存こそが、大分・別府という圏域が持つ、強固な血流の正体だった。
歩いているだけで、情報の出方が変わる。 その温度を少しだけ言葉にしてみれば、それは「信頼」と「衝動」が、同じ一つの優しさから生まれているという、この街の誇りそのものだった。 湯上がりの肌を撫でる夜風のような心地よさを感じながら、私はこの街の、不器用で熱い「OS」に深く感謝した。
(完)
【地方都市の解剖学】プロローグ
【大分・別府 解剖学】全3回シリーズ



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