第2章:信用の聖域、トキハ。

都市の解剖学

――「百貨店」の皮を被った、巨大なリビング

大分駅を降りると、そこには再開発された「新しい顔」が広がっている。 整然としたロータリー、目的別に整理された街並み。 地方都市の成功モデルのような景色だ。

しかし、その「新しさ」の奥底で、街の背骨を支えているのは一軒の百貨店。 県内唯一の百貨店、「トキハ」だ。

大分県民にとって、ここは単なる商業施設ではない。 この土地における「信用の最終結界」。 黄色い「向日葵」の紙袋を提げているだけで、贈る側の誠実さと受け取る側の安心が担保される。そんな独自の認証システム(OS)が、この街には根付いている。

その真髄は、最深部の地下2階にある。 そこには百貨店特有の気取った空気は、微塵もない。

一番奥に鎮座するのは、圧倒的なまでの「泥付き野菜」だ。 産地直送の土の匂いが漂い、無骨なコンテナに山積みにされた大根や里芋。 銀座や新宿のデパ地下なら、一つ一つ恭しくラッピングされるはずの命が、ここでは「道の駅」のような野生の姿で平然と並んでいる。

この「泥臭さ」を、トキハは誇らしげに許容する。 そのすぐ横に、大分ブランドの鮮魚や精肉、そして格式高い老舗の銘菓が並ぶ。 「高級」と「日常」が、何の矛盾もなく溶け合っているのだ。

「この『向日葵』の信用は、形を変えて街に溶け込んでいる。本店が『聖域』なら、郊外のわさだタウンは『広大なリビング』、別府店は『懐の深い玄関口』として、場所ごとに異なる体温で市民の日常を支えているのだ。」

特筆すべきは、その商売の作法だ。 通常、百貨店には「リースライン(境界線)」という厳格なルールがある。 しかし、トキハの地下ではその境界が、程よく「甘い」。

商品はラインから少しはみ出し、客と店員がその境界の上で話し込む。 「売れればいい、喜んでもらえればいい」 そんな実利主義が、百貨店のシステムを「体温」で上書きしている。

大分の人は、自分から騒ぎ立てる陽気さがあるわけではない。 だが、一度懐に飛び込めば、堰を切ったように言葉が溢れ出す。

信頼の向日葵の下で交わされる会話は、単なる購買行動ではない。 この街の「体温」を確認し合う、最高に贅沢なエンターテインメントなのだ。

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